グラウプナー作曲「リコーダー協奏曲」への道 (2007.02.12)
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くにたちバロックアンサンブルのリコーダー奏者、Pied Piperです。これまで、当アンサンブルでは、テレマンのイ短調組曲、サンマルティーニのソプラノ・リコーダー協奏曲と、リコーダーを独奏にフィーチャーした曲を取り上げてきました。幸いお客様にも好評をいただいていることから、次回の演奏会でもグラウプナーのリコーダー協奏曲を取り上げることにしました。
わがアンサンブルでは、皆が候補曲を持ち寄って選曲するのですが、今回はリコーダー独奏の曲をやるということがまず決まり、私が具体的な曲を探すことになりました。私がどのようにしてグラウプナーの協奏曲にたどり着いたのか、その課程をご紹介するとともに、グラウプナーのリコーダー協奏曲に決めた、その魅力を御紹介しようと思います。
第一部 : リコーダー協奏曲をあさる
まず、リコーダー独奏曲の選曲に当たっては、当団体で演奏するにふさわしい曲として、3つの条件を考えました。第一に、演奏して面白く、聴いて面白い、「よい曲」であること、第二に、ソロ(独奏)とトゥッティ(全合奏)のバランスがよく、皆で楽しめる曲であること、そして第三に、何より自分の気に入る曲であること(何しろこれから1年つき合うのですからね)です。リコーダーの協奏曲はそこそこの数があります。しかし、この3条件に照らすと、よりどりみどりという訳でもないのです。
以前にイ短調の組曲を取り上げたテレマンは、他に2曲のリコーダー協奏曲を残していて、いずれも素晴らしい曲です。ハ長調の協奏曲は、メロディも美しいし、ソロとトゥッティのインタープレイも豊富にあるし、アルト・リコーダーの音域の上限近くを縦横に駆使したソロの輝かしさと技巧性が非常に魅力的な曲です。しかし、悲しいかなアルト・リコーダーの弱点である第3オクターブの♯ファ(非常に出しにくい)がしばしば現れ、とても手に負えないとあきらめました。へ長調の協奏曲に至っては、普通のリコーダーでは出ない高い音が続出して、とても吹けません。テレマンの周辺にいたリコーダー奏者(あるいは本人?)はいったいどういう楽器を使っていて、どういう技術を持っていたのか、不思議です。
ヴィヴァルディは比較的多くのリコーダー協奏曲を残しています。よく演奏されるのは、「フラウティーノ」(ソプラニーノ・リコーダーを指すと考えられています)のための協奏曲です。ヴィヴァルディらしい明快な曲想で、ソロはほとんど超音波という音域で音階、跳躍、アルペジオと天真爛漫に駆け回ります。何を隠そう私も昔、ハ長調の協奏曲をずいぶん一生懸命練習したものでした。この曲はとても技巧的で聴き映えがするので、出し物(曲芸)としてはなかなか良いのですが、トゥッティがあまり面白くなさそうなのと、練習していると超音波で自分や家族の頭が痛くなるのとで、却下しました。
アルト・リコーダーの協奏曲もいくつかあります。ハ短調の協奏曲というのがあり、曲想がカッコイイのと、ヴァイオリン協奏曲もかくやという急速なアルペジオが長々と続いたりする技巧性が魅力的で、挑戦したい曲ではありました。しかし、ちょっと技巧性が前面に出過ぎていて、トゥッティとの絡みが物足りない感があり、聴衆にとって面白いか自信が持てずやめました。自分の技術的限界を試す曲でもありましたし。
ヴィヴァルディのフルート協奏曲集作品10に含まれる「ごしきひわ」「海の嵐」「夜」の有名曲は、リコーダーでも演奏可能です。これらの原曲であるオーボエやファゴットを含む室内協奏曲のバージョンはしばしばリコーダーで演奏されますが、ソロ+弦楽の形では、リコーダーでは力不足ということなのか、フルート(フラウト・トラヴェルソ)で演奏されることが多いようです(「ごしきひわ」だけは、鳥のさえずりをまねた曲の特性上、よくソプラニーノ・リコーダーで演奏されます)。これらの曲は有名だし、聴いて面白く、技術的にもおそらくリーチの範囲内なので、有力候補としました。「ごしきひわ」はニ長調という調性がやや吹きにくいのと、ソプラニーノ・リコーダーはやりたくないので敬遠。個人的には「夜」が好きなので第一候補、トゥッティが難しければ第二候補の「海の嵐」と思っていました。
ヘンデルはどうでしょうか。ヘンデルのリコーダー協奏曲なんてあったっけ?と思った方、正解です。ありません。しかし、ヘ長調のリコーダー・ソナタにそのまま弦楽合奏の伴奏を付けたオルガン協奏曲(作品4の5)があり、逆の編曲を行えばリコーダー協奏曲ができるということで、そういう形でリコーダー協奏曲の楽譜が出版されているのです。しかし、いかんせん協奏曲として作られていませんから、規模も構成も満足のいくものではありません。オルガン協奏曲としてしか聴いたことはありませんが、特に面白くもありません。ソナタとしては良い曲なんですがね。
複数の独奏楽器を含む曲はどうでしょうか。豊富な人材を抱えるわがアンサンブルには、他にもリコーダーやフルートなど、複数の楽器を持ち替える奏者がいるのです。しかし、テレマンによる2曲の2本のリコーダーのための協奏曲は、どうも個性がなく、いずれも「やるぞ!」と言うほど好きになれません。また、同じくテレマンの、リコーダーとフルートという珍しい組み合わせの二重協奏曲は、美しいメロディに満ちた緩徐楽章や、ポーランド民族舞曲風の終楽章などがなんとも魅力的で、そりゃもう涙が出るほど好きな曲です。しかし、当団体のフルート吹きは私と同じくチェロと持ち替えなので、リコーダーとフルートをソロにしてしまうと、チェロを弾く人が一人しかいなくなってしまいます。ということで、泣く泣く断念。一方、ヴィヴァルディに2本のトラヴェルソのための協奏曲があり、リコーダーでも演奏できるようなのですが、これも曲がさほど面白くない上、ある本によると、リコーダーで演奏するのはあまり効果的でないそうです。
というわけで、どうも今ひとつ決め手に欠ける曲ばかりだな、とつらつら考えていると、ケンブリッジ大学出版会の The Cambridge Companion to the Recorder という本を持っていることを思い出しました。確かリコーダーのレパートリーについて網羅的に紹介されていたはずです。やはり、その本には、18世紀のリコーダー協奏曲についての章がありました。読んでいくと、書かれていることの多くは、これまで考えてきた、すでに知っている曲のことです。しかし、次のような記述が目にとまりました(拙訳)。
『グラウプナーのリコーダー協奏曲ヘ長調は、1939年と、ずいぶん昔に出版されている。しかし、この重要な作品は、不思議なことに現代の演奏家から無視されてきている。(中略)第一楽章は短縮されたリトルネロ形式である。そのほとんどはソリストが支配する。息を飲むよような、長く伸ばされる高いC音に始まり、多様なパッセージを聞かせる。その中には三連符の部分があり、基本の2拍子のリズムと好対照をなす。第2楽章は全体を通してソロを弦のピッツィカートの伴奏上でフィーチャーする。ギャラントなメロディはしばしば短い休符で区切られ、効果的なアルペジオの音形を含んでいる。終楽章は5声のフーガで、リコーダーは提示部で5番目の声部として現れる。』
この論文、つまらない曲は正直につまらないと書いてあるので、この記述を読む限り、期待が持てそうです。特に、ポリフォニックな音楽が好きな私にとって、終楽章がフーガというのはそそられます。さっそく、グラウプナーの協奏曲のCDを探し出して、聴いてみました。そして惚れたのです。
第二部 : グラウプナー作曲「リコーダー協奏曲」の魅力
グラウプナーの協奏曲は何がそんなに素晴らしいのでしょうか?
まず第1楽章は、バロック音楽の語法から、少し古典派に向けて歩みだしたような、明るく、軽快な旋律が魅力です。ソロや第一ヴァイオリンの旋律を中心に音楽が展開します。
一方で、バロック的な特徴も濃厚で、曲は対位法的にしっかり組み立てられています。単にトゥッティ部分の内声部が充実しているだけでなく、ソロ部分でも、ソロを支える高音弦が、ヴィヴァルディによくある和声的伴奏ではなく、ソロの対旋律として作られているため、響きが豊かです。ソロは単に技巧を誇示するのではなく、濃密な音楽的対話の一部に組み込まれています。
第2楽章は一転して弦楽器はピッツィカートのアルペジオに終始し、リコーダーが歌を長々と歌い継ぎます。そのメロディは哀感を帯び、随所に陰影があって、表情の付け甲斐がありそうです。悲しげに始まったメロディは、次第に長調へと転じ、穏やかな光明の中で幕を閉じます。活発な第三楽章への、見事なつなぎです。
そして終楽章のフーガ。4小節という主題の長さに、すっかりやられてしまいました。長ければ良いってもんじゃありませんが、長い主題はそれだけ作曲の技巧が要求されるので、作曲家の力量が表れます。またその主題が良く出来ていること。8分音符のアルペジオ的な跳躍音形と、16分音符の流れるような順次進行の組み合わせは、ソロの技巧的パッセージを紡ぎだす素材として最適です。1拍目の表は休符で、その裏からフレーズが始まるという、リズム的なひねりも利いていて、3拍子にドライブを与えます。まさに協奏曲のためのフーガ主題です。また、対旋律では、個々のパートで聴くと「?」と思うようなフレーズが、組み合わさると構築的に聴こえるという、対位法音楽の醍醐味(だと私は思っているのですが)も十分に味わえます。
グラウプナーは、バッハが後に音楽監督を務めた、ライプツィヒのトーマス学校で教育を受けた人ですし、バッハがその職を求めた際に、バッハより優先度の高い候補としてライプツィヒの市当局からオファーを受けた人です。グラウプナーは雇主であったダルムシュタットの伯爵が離職を許可しなかったためライプツィヒの職を得ることはありませんでしたが、結果として音楽監督に任命されたバッハについて、オルガンにおいても、教会音楽においても優れると、ライプツィヒ市当局に手紙述べているそうです。そういうこともあってか、私は、グラウプナーの音楽とバッハの音楽に強い親和性を感じます。特に、協奏曲の終楽章を協奏的フーガとしている例は、この二人の他に知りません。イタリアで確立された協奏曲の定石では、フーガが出てくるとしたら、4楽章構成の第2楽章か、3楽章構成の第1楽章に出てくるものです。
ということで、私はこの実にドイツ的な協奏曲が気に入りました。ヘ長調はアルト・リコーダーにとって最も吹きやすい調ですし、技術的な困難はなさそうです。ソロとトゥッティのバランスも良さそうです。ついに3条件を満たす曲を見出しました。マイナー作曲家のマイナー曲というオマケも付いてきましたが、聴いていただければ、いい曲であることは伝わると信じています。というわけで、皆様、グラウプナーの協奏曲をよろしくお願いします。